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2024年07月05日

T2K実験の大幅な性能向上

大阪公立大学高エネルギー物理学研究室が積極的に参加しているT2K実験では,今回ニュートリノ生成装置の増強,前置検出器ND280の大幅改造により,その性能を大幅に向上させて実験を再開しましたので,それぞれの性能向上ついてご紹介したいと思います.

図1:J-PARCメインリングのビームパワーの進展状況.

その前にまず,J-PARC加速器のパワー増強について述べる必要があります.T2K実験の成功にはJ-PARC加速器のパワー増強を欠かすことができません,図1に示すように,陽子を30GeVに加速するJ-PARCメインリングのビームパワーはT2K実験開始以来常に増強を続けてきた訳ですが,2022年度にはビーム供給を一時中断して改良を行い,ビームパワーの大幅増強に成功しています.そこでは,メインリングの主電磁石用電源に大容量のコンデンサーを用いる方式を用いたり,加速の繰り返し頻度を2.48秒から1.36秒に早めるなどして,より多くの陽子をニュートリノビームラインに送り込めるようにしました.その結果,2021年度にはメインリングのビームパワーが500kWであったのに対し,2023年12月25日にはT2K実験の設計強度であった750kWを超える760kWを達成することに成功しました.パルス当たりの陽子数に換算すると2.16×1014個で,シンクロトロン方式の陽子加速器における世界最高値になります.T2K実験にとっては最高のクリスマスプレゼントになりました.今年度最初のビームタイムは6月7日から6月28日にかけて行われましたが,そこではさらにビームパワーを増強させ,800kWで安定した連続運転ができるようになりました.将来的にはハイパーカミオカンデ実験を見据えて,2028年度までに現在の1.6倍にあたる1.3MW運転を目指しています.

図2:冷却能力増強を施したホーン電磁石.

次にニュートリノ生成装置の増強についてですが,これに関してはニュートリノの素となるパイ中間子を収束させるホーン電磁石に流すパルス電流を250kAから320kAに増やすという改良を行いました.ホーン電磁石の原理については,2015年1月20日付高エネルギー物理学研究室ニュースをご覧ください.今回のホーン電磁石に流す電流の増加により,グラファイト標的で生成されたパイ中間子の収集効率が向上し,ニュートリノビームの強度を10%増加させることが出来ました.電磁石に流す電流を増加させたため導体に生じるジュール熱も増加し,パルス当たり25kJに達しました.これに対処するため,冷却能力の大幅強化も実現させています.図2の写真はこの改良を施した新型ホーン電磁石です.

図3:SuperFGDの概念図.

一方T2K実験前置検出器ND280では,  3種類の検出器が新たに導入されました.
1つ目は.かつてνe出現事象発見の時の主なバックグラウンドとなったニュートリノ反応によるπ0生成断面積を測定するために設置されたPØD (pi-zero detector) を取り外し,その領域の中心部分に設置された”SuperFGD”です。(図3) これはx, y, zの3方向に穴の開いた1cm3のプラスチックシンチレーターキューブを約200万個積層し,3方向から約5万6千本の波長変換光ファイバーを通したもので,その終端箇所全てに取り付けられた光検出器MPPCを通して,荷電粒子の飛跡を3次元的に高精細に観測することができます.2つ目の検出器はSuperFGDの上下に設置された”High-Angle TPC”です.この検出器は性能が向上したMicroMegasをアノードに使用しており、ND280で以前から使用されている縦型TPCの位置測定精度が600~1600μmなのに対し,これは600~800μmの位置測定精度を誇ります.粒子識別の情報として使われるdE/dx測定精度も10%を切ります.この検出器によって,これまでND280が苦手としていた大角度方法に放出された粒子の運動量測定を精度よく行うことができます.3つ目の検出器は上記の2つの新検出器を囲むように設置された”Time-Of-Flight” です。これはプラスチックシンチレーターで出来ており、100~130 ps の時刻測定精度を持ちます.これにより,通過した粒子が測定器の中で生成されたものなのか,または外からやってくる宇宙線によるバックグラウンドなのかを同定することが出来ます.2023年秋にこれらの検出器を設置し(図4),その後コミッショニングやキャリブレーションを行いました.2023年の12月からニュートリノビームの観測を開始し,図3のようなニュートリノ反応の候補事象を捉えることに成功しました.

図4:新型検出器がインストールされた様子.

図5:新型検出器で観測されたニュートリノ反応事象.

2020年3月13日付高エネルギー物理学研究室ニュースでお知らせしたように,現在の物質優勢宇宙が存在するためには大きなCP対称性の破れが必要なのですが,T2K実験ではニュートリノのCP対称性の破れを示す位相角δCPが取り得る値の多くの範囲を棄却し,CP対称性の破れの発見に近づけました.今回のアップグレードした検出装置を用いて,さらに研究を続けていきます.