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2008年02月27日

超対称性粒子の探索

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図1:標準模型粒子.

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図2:超対称性粒子.フォティーノ(\(\tilde{\gamma}\)), ジーノ(\(\tilde{Z}\)), 中性ヒグシーノ(\(\tilde{H}^0\))は量子混合によりニュートラリーノ(\(\tilde{\chi}^0\))になり,同様にウィーノ(\(\tilde{W}\))と荷電ヒグシーノ(\(\tilde{H}^{\pm}\))はチャージーノ(\(\tilde{\chi}^{\pm}\))になる.

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図3:クォーク・反クォーク衝突からのチャージーノ・ニュートラリーノ対生成を表すファインマンダイアグラム.(a) : Wボゾンを中間状態に持つsチャンネル過程.(b) : スカラークォーク交換によるtチャンネル過程.

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図3:喪失エネルギー分布.(誤差棒付きの点:実験値,ヒストグラム:理論予想)

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図4:チャージーノ・ニュートラリーノ対生成断面積の理論値(赤線)と実験で得られた上限値(黒線).

現在実験的に確認されている素粒子物理学を超える,新しい理論の枠組みがいくつか提唱されていますが,その中の1つに「超対称性理論 (Supersymmetry, SUSY)」というものがあります.これはフェルミオン(半整数スピンの粒子)とボゾン(整数スピンの粒子)の間に対等な対称性が存在するという仮定を土台にして組み上げられた理論です.現在確立されている素粒子標準模型では,クォークとレプトンというスピン1/2のフェルミオン,力を媒介するゲージボゾン(スピン1,但し重力子はスピン2),及びまだ発見されていませんがその存在がほぼ確実とされているヒッグス粒子(スピン0)が基礎になっています.(図1) 「超対称性理論」では,これら標準模型粒子に加えて,各々フェルミオンとボゾンを入れ替えた「超対称性粒子」が存在すると考えられています.具体的には,クォークやレプトンのフェルミオンに対してはスピン0のスカラークォーク,スカラーレプトンが存在し,ゲージボゾンやヒッグス粒子に対してはスピン1/2のゲージーノやヒグシーノが存在するということになります.(図2) “対称性”というと,鏡映や回転といった空間対称性が身近ですが,素粒子の世界ではその他にも,時間の進み方を入れ替える時間反転対称性や,電荷の+と−を入れ替える荷電共役対称性などの対称性が重要な役割を果たしています.これに対して超対称性は全く理論的な考察から提唱された対称性で,従ってそれが本当に存在するのかどうかはまだ分かりません.しかし,新たな対称性を導入するにはそれなりの理由があり,それは超対称性を仮定すると「素粒子の階層性問題」という未解決問題に1つの答えを与えるということです.「素粒子の階層性問題」を簡単に説明するのはなかなか難しいのですが,なぜ重力が他の力に対して非常に小さいのか(エネルギーの単位で16桁の差)ということに関係しています.

今回CDF実験では,この超対称性粒子のうち,チャージーノ(chargino) \(\tilde{\chi}^{\pm}\) と ニュートラリーノ(neutralino) \(\tilde{\chi}^0\) という素粒子の探索を行いました.チャージーノはゲージ固有状態である荷電ヒグシーノ \(\tilde{H}^{\pm}\) とウィーノ \(\tilde{W}\) の量子混合による質量固有状態を表します.同じように,ニュートラリーノは中性ヒグシーノ \(\tilde{H}^0\) ,フォティーノ \(\tilde{\gamma}\) , ジーノ \(\tilde{Z}\) の量子混合による質量固有状態です.図3に示すように,陽子・反陽子衝突(微視的にはクォーク・反クォーク衝突)によってチャージーノとニュートラリーノが対生成し,さらにこれらはある確率で下の式に示すように崩壊します.
\begin{align*}
p\bar{p} &\rightarrow \tilde{\chi}^{\pm}_1 \tilde{\chi}^0_2 + X \\
\tilde{\chi}^{\pm}_1 &\rightarrow \ell^{\pm}\nu \tilde{\chi}^0_1 \\
\tilde{\chi}^{0}_2 &\rightarrow \ell^+\ell^- \tilde{\chi}^0_1 \;\;\;\;(\ell = e, \mu, \tau)
\end{align*} 上の反応式を見て分かるように,この反応には終状態に高い運動量を持つ荷電レプトンが“3個”作られるという,普通ではあまり見られない特徴があります.また, \(\tilde{\chi}^0_1\) は 超対称性粒子の中で最も軽く電気的にも中性な粒子(LSP, Lightest Supersymmetric Particle) で, 安定(崩壊しない)とされています.従って,ニュートリノ(ν)と同様に測定器には痕跡を残さないので,事象全体として見たときには,観測されるエネルギーのバランスがひどく崩れた事象(“喪失エネルギー”)になります. 今回の解析では,この“3個のレプトン”と“喪失エネルギー”をシグナルとして,チャージーノ・ニュートラリーノ対生成事象の探索を行いました. もし超対称性粒子が観測されていれば,上記の“シグナル”事象が,標準模型から予想されるバックグラウンドの総数よりも多く観測されるはずです. 蓄積ルミノシティ 2.0 fb−1 の陽子・反陽子衝突のデータを解析した結果,バックグラウンド総数の期待値が 6.4±1.2 に対し,実際には7事象が観測されました. 図3は喪失エネルギー分布の例を表しています.ヒストグラムが理論予想で,誤差棒付きの点が実験値です. 標準理論で予想されるバックグラウンドの総数と実際の観測は誤差の範囲で一致しているので,残念ながら今回はチャージーノ・ニュートラリーノ対生成を発見 することは出来ませんでした. しかし,逆にこの“発見されなかった”事実から超対称性粒子の生成断面積の上限値を計算することができます.図4にチャージーノ・ニュートラリーノ対生成 断面積をチャージーノ質量の関数で示しました.赤線が理論予測値で,黒線が実験で得られた上限値です.チャージーノ質量が 140 GeV/c2 より小さいところでは,理論値が実験からの上限値を上回っているので,この領域は存在しえない,つまりチャージーノの質量は 140 GeV/c2 よりも大きくなければならないということが言えます. 今後データの統計を増やしていけば,より高い質量の領域へと探索感度が上がっていきます.