News

2015年01月20日

反ニュートリノビームの生成

J-PARC大強度陽子加速器施設で行われているT2K実験では、実験開始以来、ミューニュートリノビームを295km離れたスーパーカミオカンデに打ち込み続け、2014年7月には電子ニュートリノ出現による νμνe 振動の発見という成果を得ました。T2K実験の次の段階は、反ニュートリノ振動現象の測定に研究を進める予定で、それに向けてJ-PARCでは反ミューニュートリノビームの生成を開始しました。

1st_horn

図1:T2Kビームラインのホーン電磁石

target-horn-concept

図2:ホーン電磁石の原理

反ミューニュートリノ(νμ)はミューニュートリノの反粒子で、J-PARCでは次の負パイ中間子の崩壊により生成されます。

πμ + νμ

メインリングで30GeVまで加速された陽子がニュートリノビームラインに引き出され、グラファイト製の標的に衝突すると、パイ中間子を主とする多量の二次粒子が生成されます。グラファイト製標的はホーン電磁石(図1)と呼ばれる特殊な電磁石の中心軸に設置されています。ホーン電磁石は図2に示すように同心2層のアルミニウム合金筒を前方でつなぎ合わせたような構造をしており、2層の間を図の赤色矢印のように電流を流します。そうすると、中心軸の周りに、図の青色矢印の向きにドーナツ状の磁場が発生します。この磁場によって、図2の場合、標的から発生した正電荷パイ中間子は前方方向に収束されることになります。ニュートリノは電気的に中性のために磁場による収束はできないので、このように崩壊前のパイ中間子を収束させることで、間接的にニュートリノを収束させるという方法をとります。また、逆に負電荷パイ中間子は外側に弾き飛ばされてしまうため、スーパーカミオカンデ方向にはほぼ νμ のみが打ち込まれます。因みに、このパイ中間子の収束に必要な磁場の強度を得るためには250kAもの電流が必要ですが、大電流を常に流すことはできないため、ビームに同期してパルス的に電流を流します。このときホーン電磁石では「バーン」「バーン」という大きな音が発生します。

First_antinu_event

図3:スーパーカミオカンデで観測された最初の反ミューニュートリノ反応事象

ニュートリノの収束は上記の原理に基づいているため、ホーン磁石に流れる電流の向きを逆転すれば、ドーナツ状の磁場の向きも逆転し、負電荷パイ中間子を収束させることができます。したがって今度は、スーパーカミオカンデの方向にほぼ νμ のみが打ち込まれることになります。このような方法によって2014年6月、J-PARCでは反ミューニュートリノビームの運転を開始しました。ビームの方向や強度、プロファイルなどのチェックを行った結果、ニュートリノビームと同等のクオリティで反ニュートリノビームを取り出せていることを確認しました。図3に示すように、スーパーカミオカンデでも反ニュートリノ反応事象を観測しました。現在はデータを順調に蓄積しているところです。

反ニュートリノビームで振動現象の測定を行う最大の目的は、ニュートリノのCP位相角δCPを測定し、レプトンセクターのCP対称性の破れを発見することです。ミューニュートリノから電子ニュートリノへ振動する確率 P(νμνe) を表す理論式の中には、sin δCP を含む項がありますが、この項の正負の符号がニュートリノ振動と反ニュートリノ振動とで反対符号をとります。したがって、ニュートリノ振動確率と反ニュートリノ振動確率の非対称度

\begin{align*}
A_{CP} = \frac{P(\nu_{\mu} \rightarrow \nu_e) – P(\bar{\nu}_{\mu} \rightarrow \bar{\nu}_e)}{P(\nu_{\mu} \rightarrow \nu_e) + P(\bar{\nu}_{\mu} \rightarrow \bar{\nu}_e)}
\end{align*}

を求めれば、sin δCP の項を抽出できます。δCPの値は未だ測定されておらず、T2K実験では世界に先駆けてこの値を測定しようとしています。そしてこの値がゼロでなければ、レプトンセクターにおけるCP対称性の破れが存在することを証明できます。

素粒子の世界では、粒子が生成されるときはその反粒子も同時に生成されます。したがって、宇宙のはじまりとされるビッグバンでも、粒子と反粒子がそれぞれ同じ数だけ生成されたと考えられます。しかし、現在の宇宙を見ると、反粒子からなる反物質は存在せず、すべて物質だけで成り立っているように見えます。これが何故なのかということが現代物理学における最大の謎の1つになっています。この謎を解くためには、CP対称性の大きな破れが必要とされていますが、すでに測定されているクォークセクターのCP対称性の破れの値は非常に小さすぎて現在の宇宙を説明できないことが分かっています。そこで、ニュートリノを含むレプトンセクターにおけるCP対称性の破れに大きな期待がかかっています。その値は実際に測定するまで分かりませんが、期待通り物質・反物質非対称性の謎を解消することになるかもしれませんし、もしかするとさらに大きなCP非対称性を求めて、未知の物理を必要とするかもしれません。いずれにしても、レプトンセクターのCP非対称性の測定は、宇宙の謎を解く研究を次の段階へ進めることになるのは間違いないでしょう。