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2006年09月25日

Bs0 中間子の粒子・反粒子振動を初めて観測

Bs_box_diagram

図1:Bs0 粒子・反粒子振動のダイアグラム

Bs_flavor_tag

図2:Bs0 生成のフレーバータグ.

phipipi_mass

図3:Bs0 → Ds+(ϕπ+ を再構成した不変質量分布.

tbl_Bs_reco

表1:再構成に成功した Bs0 のイベント数.

all_unblind_ampscan_wsyst

図4:Bs0 粒子・反粒子振動の角振動数.

likelihood_widerange

図5:振動が起こったと仮定した場合と起こらなかったと仮定した場合の likelihood の比.

asymmetry

図6:測定された粒子・反粒子角振動数に対する振幅の時間変化.

中性 B 中間子は内部構成要素であるクォークのフレーバーを変化させる弱い相互作用によって“粒子・反粒子振動”を起こします.もう少し詳しく言うと,クォークの質量固有状態と弱い相互作用のハミルトニアンの固有状態が異なるために,Δm = (m(BH0) − m(BL0)) の角振動数で粒子と反粒子の間を振動します.ここで,BH0, BL0 はそれぞれ中性 B 中間子の質量の“重い”固有状態と“軽い”固有状態を表し,Δm はその質量差です.これまでは (db) からなる Bd0 の粒子・反粒子振動だけが観測されていましたが,今回初めて大阪市立大学が参加しているCDF実験において (sb) からなる Bs0 の粒子・反粒子振動が観測され,その角振動数が測定されました. Bs0 の粒子・反粒子振動をミクロに眺めると,中間子の中では図1のように2つのクォークの間で2回 W ボソンを交換して,粒子から反粒子への変化を起こします.(ボックスダイアグラム)

では実際にどのように振動を観測するのかというと,最初陽子・反陽子衝突で Bs0 またはその反粒子 Bs0 が作られますが,それらは不安定なためある時間経過すると崩壊します.従って,生成されたときに Bs0 だったのかもしくは Bs0 だったのか,及び崩壊するまでの固有時間,さらに崩壊したときに Bs0 だったのか Bs0 だったのかが分かれば,実際に Bs0 と Bs0 の間で振動が起きたかどうか,起きたのならばその振動数はいくらなのかが分かります.まず, Bs0 の生成時を考えると,陽子・反陽子衝突では b (b) クォークは主に bb 対生成で作られ,その後それぞれの bb クォークは独立にハドロン化して崩壊していきます.もし, b クォークが s クォークと結びいて Bs0 を生じた場合,s は ss 対生成で作られるので,余った s クォークは多くの場合 K を作って Bs0 と同じ方向に飛び出します.逆に, Bs0 が生じた場合は K+ を伴います.従ってこの K± の電荷の符号を見ることで最初の Bs 中間子の状態( Bs0 だったのか Bs0 だったのか)をタグすることができます.これを“フレーバータグ”と言います.フレーバータグには上に挙げた方法以外にもう1つあります.それには最初に生成された bb 対のうち, Bs中間子になったのとは反対側の b (b) クォークがレプトンを伴って崩壊(セミレプトニック崩壊)するのを捕まえます.このレプトンの電荷が崩壊する前の b クォークの電荷の符号を保存していることを使ってフレーバーをタグします.(図2)

次に Bs 中間子が崩壊したときの粒子・反粒子識別ですが,これは Bs 中間子の崩壊生成物を再構成することで行います.CDF検出器には高性能の飛跡検出器,エネルギー測定器,飛行時間検出器,ミューオン検出器などが揃っているので, Bs0 からの多くの崩壊モードを再構成することができます.図3はその中の1例である  Bs0 → Ds+(ϕπ+)π の再構成の結果を示しています.部分的に再構成に成功して識別が可能になったものも含めると,表1に示すように8700個のハドロニック崩壊,61500個のセミレプトニック崩壊からの Bs 中間子が得られました.さらに,Bs 中間子が崩壊するまでの固有時間については,陽子・反陽子衝突が起こった点から Bs 中間子崩壊を再構成した点までの距離と,Bs 中間子の運動量から計算できます.

こうして得られた Bs 中間子の生成個数と崩壊までの固有時間のデータは謂わば粒子・反粒子振動の“波形”を表します.従って崩壊による減衰を考慮に入れた一種のフーリエ変換をこの波形に対して行ってやると,もし一定の角振動数で振動しているならばその振動数に鋭いピークが立つはずです.図4はそれを表したもので,17 ps−1 辺りにそのピークが見られます.図5は簡単に説明するのは難しいのですが,振動に見えるものが“偶然のゆらぎ”によって起こるその起こりやすさを示したものです.上記の 17 ps−1 近傍ではΛ = −15 まで下がっており,これは“偶然のゆらぎ”によって起こる確率が 5.7 ×10−7 であることに対応します.このことから,Bs0 中間子の粒子・反粒子振動の存在は確定的になり,その角振動数は

Δms = 17.77 ± 0.10(stat.) ± 0.07(sys.) ps−1

と測定されました.また,この振動をもう少し分かりやすい形で見ると図6のようになります.これは,測定された振動数から得られる周期を5つに区切り,それぞれの時刻での振幅を見たものですが,実験データがきれいにコサインの波形に載っているのが分かります.いずれにしても1秒間に3兆回も粒子と反粒子の間を振動するものだったのです.

この Bs0 粒子・反粒子振動の結果から引き出される重要な情報が1つあります.それはクォーク間の世代を越えた遷移確率を示す“Cabibbo-小林-益川行列”の行列要素の値です.今回測定された Δms を用いると,

|Vtd/Vts| = 0.2060 ± 0.0007(実験) +0.0081 (理論)
−0.0060

が得られます.この値は2006年9月現在で世界最高の測定精度を記録しています.さらにもう1つ重要なのは,実験による測定誤差が理論計算から来る誤差よりも1桁も小さいことです.この測定においては実験が理論を超えてしまったのです.