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2023年05月19日

DeeMe実験が始動

図1:J-PARCの外観図。中央にMLFがある。

図2:レプトンフレーバー転換の様子。中性レプトンフレーバーの転換はニュートリノ振動で確認されている。荷電レプトンフレーバー転換過程はまだ発見されていない。

大阪公立大学高エネルギー物理学研究室が参画しているDeeMe実験が本格的に始まりましたので、ここではその状況をお話ししたいと思います。DeeMe実験は茨城県那珂郡東海村にある大強度陽子加速器施設J-PARCの物質・生命科学実験施設MLF(図1)で行われているミューオン・電子転換過程探索実験で、素粒子標準模型では禁止されている荷電レプトンフレーバー非保存過程を探索する実験になります。図2はレプトンのフレーバー転換の様子を示しています。中性レプトンフレーバーの転換はニュートリノ振動で確認されていますが、荷電レプトンフレーバー転換過程は未だ観測されていません。実のところ、ニュートリノ振動を通した荷電レプトンフレーバー転換は可能ですが、この過程は理論的に計算すると分岐比が10-54になり現実的に観測不可能です。したがって、ミューオン・電子転換過程を実験的に発見できれば、これはそのまま新しい物理の証拠となります。実際のところ、標準模型を超える素粒子理論では10-13~10-14といった大きな分岐比でミューオン・電子転換を予測する理論が多くあります。一方、DeeMe実験の目標感度は10-13で先行研究の10~100倍の感度でミューオン・電子転換過程の探索を行います。DeeMe実験のミューオン・電子転換過程の探索手法ですが、J-PARCのRapid Cycle Synchrotron (RCS)から取り出されるパルス陽子ビームを利用します。陽子ビームが炭素標的に照射されると、標的内部で大量のパイ中間子が生成されます。これらのパイ中間子は崩壊し、ミューオンになります。ミューオンは標的内でエネルギーを失い、静止します。すると静止したミューオンは炭素原子核に捕獲されてミューオン原子になります。ミューオン原子になったミューオンは標準模型の範囲内では、1つ目としてミューオンがミューオン原子の軌道上で崩壊をするミューオン軌道上崩壊\((\mu^- \rightarrow e^- \nu_{\mu}\bar{\nu}_e)\)が起こります。2つ目としてミューオンが原子核に吸収されるミューオン捕獲\((\mu^-+(A,Z) \rightarrow \nu_{\mu} +(A,Z-1))\)が起こります。

図3:DeeMe実験の概念図。パイ中間子生成からミューオン原子生成までを1つの標的内で行い、ミューオン・電子転換で生じた電子を2次ビームラインで輸送し測定する。

3つ目として新物理であるミューオン・電子転換過程\((\mu^- + (A,Z) \rightarrow e^- + (A,Z))\)が起こる可能性があります。この過程では原子核は何ら変化は無く、ミューオンがそのまま電子に転換するため、ミューオンの質量のほとんどが電子の運動エネルギーになります。したがって、105 MeV の単色エネルギーの電子が放出されます。また、ミューオンは炭素原子核に捕獲されるので、2 μs ほど遅れて電子が放出されます。したがって、105 MeV の単色エネルギーを持つパルス陽子から 2 μs の遅延電子が信号事象になります。この電子を2次ビームラインで輸送して測定します。(図3)

図4:DeeMeで使用されるMWPC。HVスイッチング手法を使用している。

ミューオン・電子転換過程探索はCOMET実験やMu2e実験のような大規模実験で行われていますが、DeeMe実験ではパイ中間子生成からミューオン原子生成までを同じ1つの炭素標的内で行うためコンパクトに実験を行うことができることが強みです。DeeMe実験はJ-PARC MLFに新たに作られたHラインと呼ばれる大立体角ビームラインを用いて行われています。Hラインは基礎物理の研究のために建設され、2022年1月に完成しました。その後はDeeMe実験に用いられています。DeeMe実験の検出器は4台のMWPC(図4)とPACMANと呼ばれる双極電磁石(図5)でスペクトロメーターを構築しています。MWPCはパルス陽子の即時バーストによる不感時間を極力少なくするため、即時バーストから300 ns 後から2 μs の間だけアノードワイヤーとポテンシャルワイヤーの間の電位差を 1500 V にし、それ以外は0 V にするHVスイッチングという手法が取られています。

図5:双極電磁石PACMAN。中心磁場0.4Tの磁場を発生させることができる。

2台のMWPCがPACMANの上流に置かれ、また2台のMWPCがPACMANの下流に置かれることで、電子の運動量を測定します。DeeMe実験は現在データ取得中で、今後の結果が期待されます。