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2011年06月22日

電子ニュートリノ出現による νμνe 振動の兆候

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図1 : T2K実験の概要

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図2:ニュートリノのフレーバー混合

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図3:スーパーカミオカンデで観測されたJ-PARCからのニュートリノによる電子ニュートリノ反応事象候補。電子ニュートリノが陽子と反応して生成された電子によるチェレンコフリングが観測されている。

以前、高エネルギー物理学研究室ニュース(J-PARCニュートリノビーム始動)で、 T2K実験の二つの大きな目的についてお話しました。 そのうちの一つに、 「未だに確認されていない、 ニュートリノ出現事象を νμνe を使って探索する」 とありましたが、この度その兆候とも言える事象を捉えることに成功しました。

T2K実験は、図1に示すように、茨城県東海村に建設された大強度陽子加速器施設J-PARCで作られたニュートリノビームを、岐阜県神岡町のスーパーカミオカンデで観測することにより、その間で起こるフレーバー振動現象を測定する実験です。 ニュートリノ振動は、ニュートリノの質量固有状態(ν1, ν2, ν3)とフレーバー固有状態(νe, νμ, ντ)が異なるために起こる現象です。(図2) 各フレーバー固有状態は3つの質量固有状態の線形結合ということになり、それぞれの混合の具合を混合角(θ12, θ23, θ13)で表します。 これまでの実験から、θ12θ23は、ある精度でもって測定がなされており、ゼロでないことが分かっていましたが、θ13だけは上限値しか分かっていない状態でした。T2K実験では、未だ発見されていなかった電子ニュートリノ出現現象による νμνe 振動を発見し、その出現頻度からθ13を測定しました。これを達成できたのは、J-PARCで生成される極めて純度の高い νμ ビームと、スーパーカミオカンデでの νμ 反応と νe 反 応の高感度な識別能力のおかげです。また、J-PARCで生成されたニュートリノによる事象であることを保証するために、加速器のビームタイミングとスー パーカミオカンデでの観測時刻を、GPSを使って確認を取っています。図3は、スーパーカミオカンデで観測された、J-PARCからのニュートリノによる νe 反応事象候補の例で、電子ニュートリノが陽子と反応してできた電子によるチェレンコフリングが観測されています。

T2K実験は、2010年1月に本格的に実験を開始してから、2011年3月11日の東日本大震災により加速器が停止するまでの間に、1.43×1020 POT で 表される統計量のデータを取得しました。“POT”とは“Protons on Target”の略で、ニュートリノを作るために最初にグラファイト標的に照射した陽子ビームの量を表しています。これは、T2K実験の先駆的な実験で あったK2K実験が5年間に溜めた量を既に超えている量です。これはまさにJ-PARC加速器の性能の良さを示していると言えます。

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図4:電子ニュートリノ出現事象の、データ(誤差棒付きの点)とモンテカルロシミュレーション(ヒストグラム)の比較。赤い斜線の領域は、sin213 = 0.1を仮定したときに予想されるνe出現事象の量。

これまでにT2K実験が取得した全データを解析した結果、 J-PARCからのビーム由来と考えられるニュートリノ事象を、スーパーカミオカンデ内で総計88個検出しました。 そのうち、バックグラウンドを除外するためのいくつかの判断基準に照らし合わせたのち、6事象で電子ニュートリノによる電子の生成が検出されました。 一方、νμνe のニュートリノ振動が起こらなかったと仮定してシミュレーションを行った場合、スーパーカミオカンデで検出される電子生成の事象は 1.5±0.3 事象であると見積もられました。 この結果を統計的に考えると、今回検出された6事象が全て統計誤差によるものである確率は0.7%です。 つまり、この6事象の検出が電子ニュートリノ出現現象であると言える確率は99.3%となります。 この結果は電子ニュートリノ出現現象の兆候を示す、世界初の成果と言えるでしょう。 図4は、再構成されたニュートリノのエネルギー分布で、誤差棒付きの点がデータ、ヒストグラムがモンテカルロシミュレーションで予想される分布を表しています。赤い斜線の領域は、sin22θ13 = 0.1  を仮定したときに予想される電子ニュートリノ出現現象の量を表しています。 電子ニュートリノへの振動が無い、すなわち赤い斜線領域が無い場合は、実験結果とあまり合わないことがこのプロットからも見られます。

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図5:今回の結果から得られた、sin2θ13とδCPが取りうる領域。薄い赤と濃い赤の領域は、それぞれ信頼水準68%と90%の領域を示す。

ニュートリノ混合角θ13を測定することの大きな意味は、 何故現在の宇宙のほとんどが物質でできているのか、その謎の根源とも言えるCP非対称性を探る重要な一歩となることです。クォークセクターのCP非対称性 はすでに測定されていますが、現在の宇宙の物質・反物質の非対称を全て説明できるほど大きくないことが分かっています。したがって、物質・反物質の非対称性には他にも源があると考えられており、その1つの候補がレプトンセクターのCP非対称性です。このレプトンセクターのCP非対称性は、θ13がゼロだと原理的に観測できないことが理論的に分かっているので、今回のθ13の測定結果は、レプトンセクターのCP非対称性の測定に道を開く非常に大きな意味を持っています。図5は、今回の結果から得られた θ13とCP位相角δCPが取りうる領域を示しています。

現在の取得データ量は、当初の目標の約2%です。 今後はこの度の結果をより確実なものとするため、データ量を増やしていく予定です。