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2007年01月15日

W ボソンの質量を精密測定

Forces

図1:自然界の基本的要素.

W-loop

図2:Wボゾンのループ過程. (a):クォークループ,(b):ヒッグスループ

wemu_mt_fit

図3:Wボゾン事象の横質量分布.青い点が実験データで赤いヒストグラムが計算機シミュレーションの結果.(a):W→eνモード,(b):W→μνモード.

mwsummary

図4:Wボゾン質量測定の現状.今回 CDF II により世界で最も良い精度で測定が行われた.

mt_mw_contours

図5:トップクォーク質量とWボゾン質量から得られる標準模型Higgs粒子質量の予測範囲.

W ボソンは自然界に存在する4つの相互作用のうち,”弱い相互作用”を媒介する ゲージ粒子です.現代素粒子物理の基本原理の1つであるゲージ原理に基く理論によれば,力(相互作用)を媒介するゲージ粒子はもともと質量がゼロの状態であったと考えられています.実際,電磁力を媒介する光子に質量はありません.しかし,今回のテーマとなっている W ボソンは約80 GeV/c²という非常に重い質量を持っていることが確認されています.この質量は何処から来たかという謎に1つの答えを与えたのが,イギリス人物理学者の  P.W.Higgs (ヒッグス)です.Higgs の理論によれば,もともと素粒子には質量は無かったのですが,Higgs場の“自発的対称性の破れ”により真空が相転移を起こしたことで,場の真空期待値がゼロでなくなった結果,素粒子に質量が備わったと説明されます.その際に“Higgs 粒子”というスカラー素粒子が物理的実在として出現するのですが,2007年1月現在未だ Higgs 粒子は発見されていません.しかし,W ボソンの質量も Higgs 場によってもたらされたのであれば,W ボソンを詳しく調べることで Higgs 粒子の情報を間接的に得ることが出来ます.特に図2に示したようなループ過程による“輻射補正”を考えることで,素粒子標準模型に於ける Higgs 粒子の質量がトップクォークの質量及び W ボソンの質量と密接に関係付けられます.

今回,大阪市立大学が参加しているCDF実験では,このW ボソンの質量を極めて精度よく測定することに成功しました.一般に素粒子の質量(M )は,そのエネルギー(E )と運動量(p )の測定から,特殊相対論の関係式:

\begin{align*}
M = \sqrt{E^2 – p^2}
\end{align*}

を用いて質量を求めます.もし,測定したい素粒子が不安定なものであれば,全ての崩壊生成物のエネルギーと運動量を測定し,崩壊以前の状態を再構成することで質量を計算します.

\begin{align*}
M = \sqrt{\sum_i E^2_i – \sum_i p^2_i}
\end{align*}

今回紹介している Wボソンは下のようにレプトン又はクォークに崩壊します.

W±±ν, qq

しかし,多くのノイズ事象を含んだデータから信号事象を区別する困難を緩和するために,主にレプトンモード,特に

W±e±νeμ±νμ

が解析によく使われます.但しここには1つ問題があり,それはニュートリノ(ν)の運動量の縦方向(陽子・反陽子の衝突軸方向)成分を技術的に測定出来ないということです.そこで,CDF実験では E p の代わりに,その横成分だけを取り出して,“横エネルギー(transverse energy,  ET)”や“横運動量(transverse momentum,  pT)”という量を使います.そしてこれらを用いると,“横質量(transverse mass,  MT)”が

\begin{align*}
M_T = \sqrt{E_T^2 – p_T^2}
\end{align*}

のように定義出来ます.CDFではこの横質量の分布を計算機シミュレーションと詳しく比較するという方法を用いて Wボソンの質量を精度よく測定しました.図3は実験データ(誤差棒付きの点)と計算機シミュレーション(ヒストグラム)を比較した結果です.(a)は W±e±νe,(b)は W±μ±νμ を解析したものですが,W ボソンの質量はそれぞれのモードに対して,80483 ± 48(syst.) MeV/c², 80349 ± 54(syst.) MeV/c² という結果を得ました.これらの値を総合し,さらに系統誤差も組み入れた最終的な結果は

MW = 80413 ± 48 MeV/c²

となりました.これは2007年1月現在,W ボソンの質量測定としては世界最高の精度を達成しています.(図4)

また前記したように,この測定された質量とトップクォークの質量から標準模型Higgs粒子の質量が理論計算より予測されます.トップクォークの質量は以前の測定より,

Mt = 171.4 ± 2.1 GeV/c²

と得られています.この値と上記の W ボソンの質量を合わせると図5に示すように,Higgs粒子質量の予測範囲が得られます.今後,収集データの量が増えていけば,W ボソンやトップクォークの質量測定の統計誤差も小さくなっていくので,Higgs粒子質量の予測範囲もより精密になっていきます.