J-PARCニュートリノビーム始動
茨城県那珂郡東海村にあるJ-PARC(大強度陽子加速器施設, 図1)において、次世代のニュートリノ振動実験T2K(Tokai-to-Kamioka)が、実験の本格的開始に向けてビームラインと測定器の最終調整の段階に入っています。この実験には大阪市立大学高エネルギー物理研究室も参加しており、大学院生の活躍の場になっています。ここでは、このT2K実験の概況と今後の計画についてお話したいと思います。
ニュートリノという素粒子は1950年代後半にライネスとカワンがその存在を確認して以来、その種類や性質について数多くの研究がなされてきました。現在では、ニュートリノは電子と同じくレプトンの仲間で、電子(e)・ミュー粒子(μ)・タウ粒子(τ)のそれぞれに対応して、電子ニュートリノ(νe)・ミューニュートリノ(νμ)・タウニュートリノ(ντ) の3種類があることが分かっています。 しかし、ニュートリノはその質量をなかなか精密に測定することが出来ず、実験結果も誤差の範囲内でゼロと矛盾していませんでした。素粒子模型の枠組みも、 ニュートリノの質量をゼロとして組み上げられてきました。しかし近年、ニュートリノの質量を「ニュートリノ振動」という現象を測定することで、詳しく研究することが可能になってきました。「ニュートリノ振動」とは、最初パイ中間子の崩壊などにより、あるフレーバー固有状態として生成されたニュートリノが、 長い距離を飛行する間に別のフレーバー状態として観測されることを言います。これは、3種類のニュートリノのフレーバー固有状態 νe, νμ, ντ が質量固有状態(自由空間でのハミルトニアンの固有状態) ν1, ν2, ν3 と同一ではなく混合を起こしているために(図2)、時間発展によりその比率が変化することから起こると考えられています。これまでにスーパーカミオカンデによる大気ニュートリノの精密観測や、加速器や原子炉による人工ニュートリノを使った研究(K2K, MINOS, KamLAND)によって、長距離を飛行した後で観測されるニュートリノの量が、ニュートリノの生成量から期待される量よりも少ないことが確認され、この現象がニュートリノ振動によって他の種類のニュートリノに変化したためだと解釈されました。(ニュートリノ消失事象 νμ → νx≠μ, νe → νx≠e) その結果として「ニュートリノには非常に小さいが有限の質量がある」ことがほぼ確立されました。 そこで、ここに紹介しているT2K実験では主に2つの狙いを立てています。1つ目は、ニュートリノ消失事象を精密に測定することで、ニュートリノ質量に関する情報や固有状態どうしの混合角をより精度よく測定しようというものです。2つ目は、未だに確認されていない、ニュートリノ出現事象をνμ → νe を使って探索することです。もし見つかれば、世界初の発見になりますし、ニュートリノ振動が無ければ観測されるはずのないものが観測されるので、ニュートリノ振動の存在をより確実に証拠づけるものになるでしょう。
さて、この実験を成功させるためには非常に強力で良質なニュートリノビームを作る必要があります。ここで言う”良質”とは、”エネルギーが揃っていて純度が高い”という意味です。J-PARCでは、このようなニュートリノビームを3段階で作ります。まず最初に陽子を30GeVまで加速し、これをグラファイ ト標的に衝突させてパイ中間子(π+)を作り出します。パイ中間子は色々な方向に飛び出すので、これらをホーン電磁石という特殊な電磁石で前方向に収束させます。最終的に、これらパイ中間子が π+ → μ+ + νμ という崩壊をすることで、ニュートリノ(主にミューニュートリノ)が生成されます。この方法を模式的に表したのが図3です。J-PARCでは、現在急ピッ チで加速器の調整が進められており、今年4月23日には初めてJ-PARCでニュートリノビームが生成されました。その証拠として、ニュートリノと同時に 作られるミュー粒子がモニタリング装置で検出されました。(図3のミューオンモニター) 図4はそのときのモニターの出力画面で、中央のパルス波形が信号の検出を表しています。また、生成されたニュートリノ自体をJ-PARCの敷地内でモニ ターする装置の建設も精力的に行われており(図5, 6)、6月末には設置される検出器モジュールの約半分が完成しました。
T2K実験に必要なその他の測定器類の建設も順調に進められており、この夏が終わるころには全部が揃う予定になっています。そして、冬にはT2K実験が本格的に開始され、2010年には最初の解析結果をお見せできると考えています。