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2011年04月15日

W + 2jets 事象の中に新粒子存在の可能性?

WJets_figure

図1: W+W/Z  粒子がレプトン対に崩壊するものとクォーク対に崩壊するモードを示した図.

WJets_feynmanGraph

図2: 上の図に対応するファインマン図.

WJets_plot1

図3: 2つのジェットから再構成した不変質量分布. 140 GeV/c² 付近で, データ(黒点)と予想されるバックグラウンド(赤いヒストグラムの 高さ)で相違が見られます.青い線はガウス分布(正規分布)で表される新粒子が あると仮定した場合,データを最も良く再現する分布.

WJets_plot2

図4:図3のデータから予想されるバックグラウンドを差し引いたもの.

以前の高エネルギー物理学研究室ニュースで, 当研究室が参加しているCDF実験の結果である, 弱い相互作用を担う W 粒子や Z 粒子の同時二重生成の観測を報告しました(詳細は 2006年11月9日付高エネルギー物理学研究室ニュース 2008年2月1日付高エネルギー物理学研究室ニュースをご覧ください). そこでは,生成反応の起こりやすさを表す生成断面積の測定が行われていました. 今回はその同時二重生成断面積の測定精度をさらに向上させようと試みた解析において、 現在多くの素粒子物理学研究者が正しいと信じている素粒子標準模型では全く予測されていなかった新しい現象の存在可能性を示すデータが得られました.WW や WZ  同時生成断面積測定のためにW  がレプトン(電子,ミューオン)とニュートリノに崩壊し, もう一方のW や Z がクォークと反クォークに崩壊するモードを使っています(図1, 2). W や Z から生じたクォークや反クォークは同一方向に大きな運動量を持つ粒子群(ジェット)に姿を変え検出されます.

さて, ある不安定な粒子の質量は,その崩壊粒子の運動量やエネルギーから計算することができ, 不変質量と呼ばれます (ここで言う不変とは,相対性理論を考えた場合,どの観測者からも同じであるという意味です). 今回観測されたデータの異常な振舞いは, レプトンとニュートリノに崩壊した W とともに生成された,二つのジェットから求められた不変質量分布に現れました(図3). 期待されるのは,レプトンとニュートリノに崩壊した W とは別の,クォークと反クォークに崩壊した方の W や Z の質量付近にピークが現れるというものです(図3の赤の成分). しかし,図3を良く見ると 140 GeV/c² 付近に, 既知のピークも含め,全てのバックグラウンドを足し上げて得られる予想分布とデータの間に差異が見られます. よりわかりやすいように,データから予想されるバックグラウンドを差し引いたものを描いたものが図4です.

既知のバックグラウンドの予想には不定性があります. さらに,データには大きな統計的不定性があります. 従って,実は何も新しい粒子は無いのに,たまたま今回の実験でこのような分布が得られたという可能性があります. 我々が理解している不定性をもとに,新粒子が存在せず,かつ,観測された分布を得る確率を見積もると,およそ1375回の実験を繰り返して1回起こる,となりました. これは,ガウス分布(正規分布)でいえば3.2倍の標準偏差に対応します.(標準偏差とは、同じ条件で実験を繰り返したときに、平均値のまわりにどの程度結果がばらつくのかを示した量であり、1.0倍の標準偏差とは100回中68回がこの標準偏差内に収まること,したがって平均に近いことを意味します. この標準偏差を単位とすると,平均から離れるにしたがって大きな値になり, それとともに確率は小さくなっていきます.) 1375回に1回は,日常的な感覚からはあまり起こらないことのように思えますが, この1回がいつ起こるのかは誰にもわかりません. 素粒子物理学においては経験的に,ずっと厳しい標準偏差の5倍 (バックグラウンドだけでは100万回に1回でしか起こらない) のずれを観測して初めて何か別のものがある(発見)と確信できる,としており,これを慣例にしています. 従って,私たちはこの異常な分布を新粒子の存在を示す確実なものとはまだ考えていません.

しかし,もし本当だったら何物でしょうか? 粒子の崩壊の仕方も含めた生成断面積は 1 pb (1036 cm²) 以上あり, 標準模型で唯一未発見のヒッグス粒子の場合と比べると100倍以上も大きいため,この粒子がヒッグス粒子であるという可能性は残念ながら排除されています. 仮りに,現在提唱されている,標準模型を越える様々な理論においても説明のつかない新粒子であるならば,素粒子物理学の歴史的な大問題であり, この粒子を取り入れた新たな理論を考えなければならなくなります.

現在,CDFではデータ収集を続けており,今後このピークが成長するのか, あるいは消えるのかを慎重に見ていく予定です. さらに,フェルミ研究所のもう一つの実験グループであるDZeroや, スイス・ジュネーブ郊外に建設された陽子・陽子衝突型加速器 Large Hadron Collider(LHC)による実験において 140GeV/c² 付近を同様に調べていく必要もあります.