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2010年10月14日

ヒッグス粒子の探索(4)

Forces

図1:ヒッグス粒子と標準模型素粒子.ヒッグス粒子は,全ての素粒子が持つ質量の起源とされている.(Courtesy of Fermilab Visual Media Service)

initialLuminosity

図2:テバトロン加速器の陽子・反陽子衝突における各ストアのピークルミノシティ.

integratedLuminosity

図3:CDF実験で得られた積分ルミノシティ.黒線がCDF検出器で交差した陽子・反陽子ビームのルミノシティで,紫線がデータとして記録された分のルミノシティ.

​大阪市立大学高エネルギー物理研究室が参加しているCDF実験での ヒッグス 粒子探索の続報です.ヒッグス粒子は素粒子標準理論において全ての素粒子の質量の起源とされている粒子です.(図1) この研究に関するこれまでの取り組みについては,以前の記事(2008年8月7日付高エネルギー物理研究室ニュース2008年5月15日付高エネルギー物理研究室ニュース2007年9月4日付高エネルギー物理研究室ニュース)をご覧ください.

前回の報告から2年余りが経過しましたが,その間にCDF実験の収集データ量も着実に増加し,2010年10月現在では2008年8月と比べて2倍程にもなりました.CDF実験のように,粒子ビームどうしを反対方向から正面衝突させる実験の場合,データの統計量は“積分ルミノシティ”という量で表されます.ルミノシティは日本語では“輝度”とも呼ばれますが,単位時間にビームどうしの交差で起こった反応数をN,その反応断面積をσとすると,ルミノシティLN/σで定義されます.正確さは多少欠きますが,より簡単に言うと,単位時間・単位面積あたりの粒子どうしの遭遇回数のようなものです.このルミノシティを実験時間の全体にわたって積分した量が積分ルミノシティということになります.衝突実験を行うために,陽子ビームと反陽子ビームをテバトロン加速器に入れた状態を“ストア”と言いますが,図2は,各ストアにおいて衝突が開始されたときのルミノシティのピーク値を,ストア番号とともに表したものです.加速器のトラブルや調整などで短期間の上下はありますが,全体としては着実にルミノシティが増加していることが分かります.これは加速器の性能がずっと向上し続けていることを示しており,ひとえにフェルミ加速器研究所の加速器研究者の方々の努力のおかげです.今年4月17日には,最高値 409.6×1030 cm−1s−1 を記録しました.また,図3はCDF実験で得られた積分ルミノシティをストア番号とともに表しています.この図において黒線はCDF検出器で交差したビームのルミノシティ(Delivered luminosity),紫線は検出器の不感時間などを差し引いて実際にデータとして記録された分のルミノシティ(Acquired luminosity)です.これを見ると,2008年8月には紫線で4 fb−1だったのが,2010年10月では8 fb−1に達しているのが分かります.

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図4:CDF実験とDØ実験の結果から得られたヒッグス粒子生成断面積の上限値の,素粒子標準理論の予測値に対する比をヒッグス粒子の質量の関数で描いたもの.ヒッグス粒子質量が158 ∼ 175 GeV/c2の範囲で測定上限値が理論予想値を下回っていることから,この範囲の質量をもつヒッグス粒子が存在する可能性は極めて低いことが言える.

これに対するヒッグス粒子探索も大分進んでいます.データ解析には時間もかかるので,2010年10月現在では 5.9 fb−1までのデータを使った結果が公表されています.残念ながらヒッグス粒子は依然として発見に至っていませんが,この「発見されていない」という実験事実から, 統計的に95%の信頼度で生成断面積の上限値を求め,この上限値を素粒子標準模型の予想値に対する比で表したのが図4です.これはテバトロンで行われている2つの実験,CDF実験とDØ実験で得られたデータを合わせて解析を行った結果です.両者の検出器はほぼ同じ性能を持っているので,2つのデータを合わせるとデータの統計もほぼ2倍になります.この図を見ると,ヒッグス粒子の質量が 158 ∼ 175 GeV/c2の領域で,実験の上限値が理論予想値を下回っているのが分かります.このことから,この範囲には標準模型で予言されるようなヒッグス粒子が,95%の統計的信頼度で存在しないと言うことができます.前回の記事(2008年8月7日付高エネルギー物理研究室ニュース)と比べると,大幅に向上しているのがよく分かると思います。

テバトロン加速器は来年2011年も運転され,CDF実験とDØ実験のデータ収集も続けられることが決まっています.これに伴い,積分ルミノシティもさらに30%程度増加すると期待されており,ヒッグス粒子の検出感度も上がります.ヒッグス粒子が理論通りに存在するのかしないのか,存在するとすればどの質量なのか,今後の研究結果が楽しみです.